はじめに
働き盛りの世代にとって、キャリアの選択肢は多様化しています。本業での昇進を目指す傍ら、副業で収入源を増やしたり、将来的な独立を視野に入れたりする方も少なくありません。しかし、こうした新しい働き方や挑戦には、見過ごされがちな「長期的な視点」が不可欠です。
特に、会社員から自営業やフリーランスへと働き方が変わる際に、多くの人が直面するのが「退職後の生活設計」という大きな課題です。会社員時代には当たり前だった退職金や企業年金といったセーフティネットが、独立後には存在しません。この「見えない格差」に気づかず、目先の収入増にばかり目を奪われていると、数十年後に後悔することになりかねません。
今回は、自営業者やフリーランサーが直面する老後資金の問題に焦点を当て、働き盛りの男性が今からできる賢い資産形成戦略について深く掘り下げていきます。
自営業・フリーランスが直面する「退職金格差」の現実
近年、副業やフリーランスという働き方が浸透し、多くの人が本業以外の収入源を模索しています。しかし、その一方で、将来の老後資金について十分な準備ができていないという現実があります。
WebWireが報じたAvivaの調査によると、イギリスの自営業者やフリーランサーの多くが、老後の貯蓄に失敗していることが明らかになりました。特に注目すべきは、デジタルノマド(場所にとらわれずに働く人々)の約3分の1が、「近いうちに貯蓄を始めるつもりだが、今は何もしていない」と回答している点です。
さらに、全自営業者の32%、フリーランサーの34%が、老後の準備に具体的なステップを踏んでいないことが判明しています。個人年金制度(SIPPやステークホルダー年金)の認知度も低く、25%以下にとどまっているという結果は、多くの人が老後資金に対して意識が低いか、具体的な行動に移せていない現状を浮き彫りにしています。
この調査結果は、日本においても他人事ではありません。会社員であれば、給与から自動的に厚生年金保険料が天引きされ、会社がその半分を負担してくれます。さらに、企業によっては退職金制度や企業年金制度があり、老後の生活を支える仕組みが整っています。しかし、自営業者やフリーランスの場合、加入するのは国民年金のみで、将来受け取れる年金額は会社員に比べて大幅に少なくなります。そして、退職金制度も基本的にありません。
この「退職金格差」は、働き盛りの男性が副業や独立を考える上で、最も重要な「見えないリスク」の一つと言えるでしょう。
なぜ貯蓄が進まないのか?「今」の誘惑と「未来」への無関心
なぜ、多くの自営業者やフリーランサーが、老後資金の準備に踏み出せないのでしょうか。調査結果の「貯蓄を始める予定はあるが、何もしていない」という回答は、その心理的な背景を如実に物語っています。
一つには、「目先の自由と収入」という誘惑が挙げられます。副業やフリーランスは、自分のスキルや時間を直接収入に変えられる魅力があります。成果がダイレクトに報酬に結びつくため、目先の収入増に喜びを感じ、その資金を現在の生活の充実や趣味、自己投資に回しがちです。これは決して悪いことではありませんが、長期的な視点を見失う原因となることがあります。
また、会社員時代に「漠然とした安心感」に慣れてしまったことも影響しているかもしれません。給与から自動的に天引きされる社会保険料や、会社が用意してくれる福利厚生、そして退職金制度。これらが当たり前だった環境から、全てを自分で管理し、自分で準備しなければならない環境へと変化した際、その責任の重さに気づかない、あるいは気づいても行動に移せないケースは少なくありません。
さらに、老後資金というテーマが、あまりにも遠い未来の話に感じられることも一因です。30代、40代の働き盛りであれば、目の前の仕事や家庭、子育てに追われ、数十年先の老後を具体的に想像するのは難しいものです。しかし、時間はあっという間に過ぎ去り、気づいた時には手遅れになっている可能性も十分にあります。
「見えないリスク」を可視化する:自営業・フリーランスのための資産形成戦略
自営業者やフリーランサーが老後資金を準備するためには、会社員とは異なる、より積極的で計画的なアプローチが必要です。会社員時代に当たり前だった制度がないことを認識し、自らで「未来の退職金」を築く意識を持つことが重要です。
1. 個人型確定拠出年金(iDeCo)の活用
iDeCoは、自営業者にとって最も強力な資産形成ツールの一つです。毎月一定額を積み立て、自分で選んだ金融商品で運用する制度で、以下の大きなメリットがあります。
- 掛金が全額所得控除:積み立てた金額は所得税・住民税の計算から差し引かれるため、税負担を軽減できます。
- 運用益が非課税:運用によって得られた利益には税金がかかりません。
- 受け取り時も税制優遇:年金として受け取る場合は公的年金等控除、一時金として受け取る場合は退職所得控除の対象となります。
自営業者の場合、国民年金基金に加入しない限り、iDeCoの掛金上限額は月額6万8,000円と、会社員よりも高く設定されています。この制度を最大限に活用し、税制優遇を受けながら着実に資産を増やすことが、老後資金準備の第一歩となるでしょう。
2. 新NISA(つみたて投資枠・成長投資枠)の活用
2024年から始まった新NISAは、投資の非課税枠が大幅に拡大され、働き盛りの世代にとって資産形成の大きなチャンスです。
- つみたて投資枠:年間120万円まで、長期・積立・分散投資に適した投資信託を非課税で運用できます。
- 成長投資枠:年間240万円まで、個別株や投資信託を非課税で運用できます。
生涯非課税投資枠は1,800万円(うち成長投資枠は1,200万円)と大きく、非課税期間も無期限です。iDeCoと併用することで、より効率的に資産を増やしていくことが可能です。特に、つみたて投資枠で全世界株式やS&P500などのインデックスファンドに長期で積立投資を行うことは、多くの専門家が推奨する堅実な方法です。
参考記事:働き盛りの新NISA:オルカンかS&P500か、自分に合うのはどっち?
3. 小規模企業共済
小規模企業共済は、中小企業の経営者や個人事業主、フリーランサーのための退職金制度です。国が運営しているため安心感があり、iDeCoと同様に掛金が全額所得控除の対象となります。
- 掛金が全額所得控除:年間最大84万円(月額7万円)まで、所得税・住民税の節税効果があります。
- 共済金は退職所得扱い:廃業時や引退時に受け取る共済金は、退職所得扱いとなり税制優遇があります。
iDeCoと合わせて活用することで、税制優遇を受けながら、会社員が持つ退職金制度に近いセーフティネットを自ら構築できます。特に、事業を畳む際や引退する際にまとまった資金が必要となる自営業者にとって、非常に有効な制度です。
4. 多角的な資産形成の選択肢
上記の公的な制度に加え、個人の状況に応じて以下のような選択肢も検討すると良いでしょう。
- 不動産投資:安定した家賃収入や将来的な売却益を狙えます。ただし、初期費用や管理の手間、リスクも考慮が必要です。
- 事業投資:自身の事業を拡大するための投資は、最もリターンが大きい可能性を秘めています。
- 株式・債券投資:NISA枠を超えた資金で、個別の企業や債券に投資することも選択肢の一つです。ただし、リスク管理が重要になります。
重要なのは、「短期的な利益」だけでなく、「長期的な視点」で資産を育むことです。市場の変動に一喜一憂せず、冷静に、そして規律を持って投資を続ける姿勢が求められます。
参考記事:働き盛りの投資教育:短期テクニックを捨て長期視点で「見えない価値」を築く
副業から独立へ:働き方を「デザイン」する視点
副業を始める目的は、収入増だけではないはずです。自己成長、スキルアップ、将来的な独立への足がかりなど、様々な動機があるでしょう。もし、将来的に自営業やフリーランスとしての独立を視野に入れているのであれば、副業で得た収入を単なる小遣い稼ぎとして消費するのではなく、「未来の資産」を築くための種銭として捉える意識が非常に重要になります。
独立後の生活は、収入の不安定さや社会保障の薄さといった「見えないリスク」が伴います。だからこそ、会社員として安定した収入がある間に、iDeCoや新NISA、小規模企業共済といった制度を積極的に活用し、計画的に資産形成を進めることが賢明です。
働き方を「デザイン」するということは、単に今の仕事内容や場所を選ぶことだけではありません。数十年先の自分の生活、引退後の人生までを見据え、「今の働き方」と「未来の資産形成」を一体として考えることです。副業で得た新たな収入源を、目先の消費だけでなく、未来の自分への投資として活用する。この意識転換が、働き盛りの男性の未来を大きく左右するでしょう。
まとめ:未来の自分への「投資」は、今から始まる
働き盛りの30代から50代の男性にとって、キャリアやライフプランの選択肢は広がり続けています。副業や独立といった新しい働き方は、大きな可能性を秘めている一方で、会社員時代には意識しなかった「老後資金」という現実的な課題を突きつけます。
自営業者やフリーランサーは、会社員のような手厚い社会保障や退職金制度がない分、自ら積極的に老後資金を準備する必要があります。iDeCo、新NISA、小規模企業共済といった制度は、税制優遇を受けながら効率的に資産を築くための強力なツールです。
「近いうちに貯蓄を始めるつもりだが、今は何もしていない」という状態から脱却し、今すぐ具体的な行動を起こすことが、未来の自分への最も確実な投資となります。目先の利益だけでなく、長期的な視点を持って資産形成に取り組むことで、あなたは経済的な自由と安心を手に入れ、より充実した人生を送ることができるでしょう。


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