はじめに
働き盛りの世代にとって、副業やフリーランスという働き方は、もはや特別なものではありません。本業の収入を補完したり、将来への不安を解消したり、あるいは純粋な自己実現のためであったりと、その動機は多岐にわたります。しかし、多くの人が見落としがちな、あるいは意識的に目を背けてしまいがちな「見えないリスク」が存在します。それが、会社員には当たり前のように存在する「退職金」という概念の欠如です。
会社を辞める際に受け取る退職金や、企業が積み立ててくれる企業年金は、長年勤め上げた会社員にとって老後の生活を支える重要な柱の一つです。ところが、個人事業主やフリーランスとして働く場合、そうした制度は一切ありません。この事実を軽視し、目の前の収入だけに目を奪われていると、将来思わぬ形で経済的な困難に直面する可能性があります。今回は、この見過ごされがちな「退職金問題」に焦点を当て、働き盛りの男性が今から取るべき具体的な対策について深く掘り下げていきます。
見過ごされがちな「退職金」の現実
副業やフリーランスの魅力は、時間や場所に縛られない自由な働き方、そして自身のスキルや努力が直接収入に結びつく点にあります。新しい技術やサービスが次々と登場する現代において、副業はキャリアの選択肢を広げ、本業だけでは得られない経験やスキルを身につける機会にもなります。実際に、多くの働き盛りの男性が、自身の可能性を広げるために、あるいは将来への備えとして、新たな挑戦を始めています。
しかし、その華やかな側面ばかりに目を奪われてはいけません。会社員であれば、勤続年数に応じて退職金が支給されたり、企業型確定拠出年金(DC)などの制度を通じて、会社が老後資金の積み立てを支援してくれるのが一般的です。これらは、老後の生活設計において非常に大きな安心材料となります。ところが、自営業者やフリーランスには、こうした「恩恵」がありません。自分自身の力で、老後の生活資金を準備する必要があるのです。
この現状を示す興味深い調査結果があります。2026年1月15日にWebWireで公開されたAvivaの調査レポート「Most self-employed and freelancers failing to save for retirement, Aviva research finds」によると、英国の自営業者やフリーランスの多くが、退職後の貯蓄を怠っていることが明らかになりました。
この調査では、自営業者とフリーランスの約3分の1が、現時点で退職後の準備を何もしていないと回答しています。また、個人年金オプションであるSIPP(Self-Invested Personal Pension)やステークホルダー年金といった制度の認知度も低いことが指摘されています。これは英国の調査ですが、日本においても同様の傾向が見られる可能性は十分にあります。目の前の収入を増やすことに意識が集中し、長期的な視点での資産形成が後回しになりがちなのは、国境を越えた共通の課題と言えるでしょう。
なぜ「見えないリスク」になるのか
では、なぜ多くの働き盛りの男性が、この「退職金」という見えないリスクを見過ごしてしまうのでしょうか。その背景には、いくつかの心理的な要因が考えられます。
一つは、目の前の「短期的な利益」に意識が集中しやすいという点です。副業を始めたばかりの頃は、すぐに収入が増える喜びや、新しいスキルを習得する充実感に満たされます。こうした短期的な報酬は、モチベーションを維持する上で非常に重要ですが、同時に長期的な視点での資産形成を後回しにしてしまう原因にもなりかねません。毎月数万円の副収入が入るようになると、それを日々の生活費や趣味に充ててしまい、将来のための貯蓄まで手が回らないというケースも少なくありません。
次に、「自分はまだ若い」「いつか始めればいい」という先延ばしの心理です。30代や40代であれば、老後という言葉はまだ遠い未来のように感じられるかもしれません。しかし、資産形成は時間との勝負です。複利の効果を最大限に活かすためには、一日でも早く始めることが何よりも重要です。この「まだ大丈夫」という油断が、将来の大きな後悔に繋がる可能性があります。
さらに、会社員時代の感覚が抜けきらないという側面もあります。長く会社勤めを経験してきた男性にとって、退職金や企業年金は「会社が何とかしてくれるもの」という意識が根強く残っているかもしれません。しかし、副業やフリーランスの世界では、そうした「お任せ」の姿勢は通用しません。自分自身が「経営者」として、自身の未来に責任を持つ必要があるのです。
これらの心理的な落とし穴に気づき、意識的に行動を変えていくことが、将来の経済的な安定を築くための第一歩となります。
「未来の自分」を守るための具体的な一歩
「退職金」という概念がないフリーランスや副業の働き方において、将来の経済的な安定を確保するためには、会社員以上に積極的な自助努力が求められます。ここでは、働き盛りの男性が今から始めるべき具体的な対策をいくつかご紹介します。
iDeCo(個人型確定拠出年金)の活用
iDeCoは、自営業者やフリーランスにとって、非常に強力な味方となる国の制度です。毎月一定額を積み立て、自身で選んだ金融商品で運用し、60歳以降に年金または一時金として受け取ることができます。最大の魅力は、その税制優遇の大きさにあります。
- 掛金が全額所得控除:iDeCoに拠出した掛金は、その全額が所得税・住民税の計算対象から控除されます。これにより、その年の税負担を軽減できます。
- 運用益が非課税:通常、投資で得た利益には約20%の税金がかかりますが、iDeCoで運用して得た利益は非課税です。これにより、効率的に資産を増やすことができます。
- 受取時も控除対象:60歳以降に年金として受け取る場合は公的年金等控除、一時金として受け取る場合は退職所得控除が適用され、税負担が軽減されます。
月々5,000円といった少額からでも始められるため、副業で得た収入の一部をiDeCoに回すことで、無理なく将来の退職金代わりを築き始めることが可能です。
つみたてNISA(少額投資非課税制度)の活用
iDeCoと並んで、働き盛りの男性が活用すべき制度が「つみたてNISA」です。こちらは、年間一定額までの投資から得られる利益が非課税になる制度で、iDeCoとは異なり、原則としていつでも資金を引き出すことができます。緊急時の資金確保をしながら、長期的な資産形成を進めたい場合に有効です。
- 非課税投資枠:年間最大120万円(2024年からの新NISAでは成長投資枠とつみたて投資枠合わせて年間最大360万円)までの投資から得られる利益が非課税になります。
- 長期・積立・分散投資:金融庁が定めた条件を満たす投資信託に限定されているため、初心者でも安心して長期的な視点で資産形成に取り組めます。
- 柔軟な資金管理:iDeCoのように60歳まで引き出せないという制約がないため、ライフイベントに合わせて資金を活用できる柔軟性があります。
iDeCoとつみたてNISAを組み合わせることで、税制優遇を最大限に享受しつつ、バランスの取れた資産形成が可能になります。iDeCoで老後資金の基盤を固め、つみたてNISAでそれ以外の将来の目標(住宅購入、教育資金など)に向けた資産を形成するという使い分けも有効です。
「守りの副業」という視点
副業は単に収入を増やすだけでなく、将来の経済的な安定を築くための「守り」の視点を持つことも大切です。例えば、本業で培ったスキルを活かして、将来的に独立も視野に入れられるような副業を選ぶことです。あるいは、ストック型収入(一度仕組みを作れば継続的に収入が得られるもの)を目指せる副業に挑戦することも、長期的な安定に繋がります。
単発のアルバイトや労働集約型の副業も悪くはありませんが、それだけでは将来的な「退職金」の代わりにはなりにくいでしょう。自身の市場価値を高め、持続可能な形で収入を得られる副業を選ぶことが、未来の自分を守るための賢い選択です。
この「守り」の視点については、以前の記事「大手失業の現実:働き盛りが「守りの副業」で掴む人生の安定」でも詳しく解説しています。副業を始める際には、ぜひ参考にしてみてください。
今日から始める「未来への投資」
将来への漠然とした不安を抱え続けるよりも、具体的な行動を起こすことが何よりも重要です。しかし、いきなり大きな投資を始める必要はありません。大切なのは、「小さく始める」ことです。例えば、まずはiDeCoやつみたてNISAに関する情報を集め、どのような金融商品があるのか、自分には何が合っているのかを調べてみることから始めてみましょう。
そして、月々数千円からでも良いので、実際に積み立てを始めてみることです。一度始めてしまえば、あとは自動的に積立が継続され、時間の経過とともに資産が育っていくのを実感できるでしょう。この「小さく始める」というアプローチは、新しい習慣を身につける上でも非常に有効です。習慣化の科学が示すように、無理なく続けられる小さな一歩が、やがて大きな成果に繋がります。
また、一人で悩まず、必要であれば金融機関の専門家やファイナンシャルプランナーに相談することも検討してください。自身のライフプランやリスク許容度に合わせて、最適な資産形成の戦略を立てる手助けをしてくれるはずです。
まとめ
副業やフリーランスという働き方が広がる現代において、働き盛りの男性が直面する「退職金」という見えないリスクは、決して無視できない現実です。会社員には当たり前にある制度が、自営業者やフリーランスには存在しないからこそ、自分自身の力で未来の生活資金を準備する意識と行動が求められます。
iDeCoやつみたてNISAといった国の制度を最大限に活用し、税制優遇を受けながら効率的に資産を形成すること。そして、副業を選ぶ際にも、単なる収入増だけでなく、将来の安定を見据えた「守り」の視点を持つこと。これらが、働き盛りの男性が将来の経済的な不安を解消し、自信を持ってキャリアを築いていくための鍵となります。
今日からできる小さな一歩を踏み出し、未来の自分への投資を始めてみませんか。その一歩が、きっとあなたの人生を豊かにする大きな力となるはずです。


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